フリーランス11年目のWebデザイナーが今までやってきたこと

投稿:2021年7月26日更新:2021年7月26日フリーランス日記

私は2010年の9月にフリーランスのWebデザイナーになったので、フリーランスになって今年で丸11年です。

福島県で生まれ育ち、地元の国立大学の、福島大学経済学部に進学という、どちらかというと優秀な女子でした。

実家は自営業ですが、親戚の女性は、病院勤務や先生といった職業についている人が多く、親としては、私には公務員か、地元企業の事務員などの職に就くことを期待していたのではないかと思います。

自分としても、田舎で育っていたので、将来、どうなりたいというようなことを、あまり、自分のこととして考えていなかったと思います。

大学四年生になっても何も考えていないような状態だったのですが、たまたま、東京の会社に就職が決まりました。

最初の会社で、一通り、ネットショップの運営、HTMLのことなどを学びました

神田の会社で、2004年、自社製品の販売を行う通販サイトや、ホームページ作成サービスを提供する部署に配属されました。

当時は、かなり最先端だったと思います。

そこではじめて、自分の可能性を追いかけることが許されると気づいた私は、ひとまず、最初の会社で覚えられることは全部覚えました。

フォトショップやイラストレーター、HTML、当時はフラッシュやドリームウィーバー、ファイヤーワークスなど、一通り会社にそろっていたので、自分の仕事ではないような所も手を出して、技術を覚えました。

アクセスを使ったデータ分析や、会員管理なども業務としてあったのは幸運なことで、それがデータベースの考え方を理解する上での基礎になったと思います。

ワードプレスはデータベースで出来ているので、のちのち、ワードプレスを覚えるためにも、最初の会社にいた時の知識が生きてきたと思います。

メルマガも発行していましたし、制作からマーケティングまで、一通りの運用を覚えることが出来ました。

東京に来てから5つの会社で働きました

新卒で入った会社の3年目の夏に、半年ほど、デジハリに通って、Web制作を改めて勉強し、東京に来て4年目に最初の転職をしました。

Webデザイナーとして、南青山の小さな制作会社に入りました。

ただ、若い人が多く、また女性が多かったので、人間関係が難しいところがあって、そこは半年で辞めることになり、その後、半年スパンで転職を繰り返す時期に入ります。

その時点で、もう正社員はいいかなと思い、3つめの会社は派遣社員で、東銀座の大手のWeb制作会社のコーダーになりました。

その次は、今はもうない、当時は大手のレコード会社に、モバイルウェブの更新担当として入って、その次は、当時、デコメやガラケーの待ち受け画面などを制作していたモバイルコンテンツの会社に入りました。

この会社で、1年半ほど働き、フリーランスになりました。

前職の下請けから始まったフリーランス

フリーランスになって最初のころは、最後に働いていたモバイルコンテンツの会社の下請けからはじめました。

ガラケーの待ち受け関連の仕事をしていました。

ただ、それが東日本大震災の直前で、iPhone4が発売されてすぐの時期だったので、ガラケー向けのコンテンツは先がないと思っていて、かといって、スマホ向けに何かを覚えるのも違うと感じていました。

そもそも、ホームページ制作がやりたいというのが、最初の会社を辞めたときからの目標ではあったのですが、生活費を稼ぐというのがまずあったので、その時々で、出来ることをしていました。

それだったらホームページ制作会社に勤めていれば良かったのですが、いろいろな世界を見たかったということもあり、気がついたらそういう状況になっていました。

その後、交流会などに色々出ているうちに、下請けで、ホームページの組み立て作業などの仕事が回ってくるようになりました。

ちなみに、私は会社員の時代から、なかばお遊びで、ホームページ制作はやっていたので、当時から、一応、ホームページを作る技術はありました。

震災前後の頃に、ワードプレスがムーバブルタイプを抜いて、シェアが一位になり、当時、勉強会が盛り上がっていた時期でもあり、ワードプレスもその時期に覚えました。

今からワードプレスを覚えても、そんなにすぐにお金になるかどうかは、ちょっと分かりませんが、当時は、ワードプレスが出来れば仕事がある、という状況は確かにあったと思います。

それでなんとか生活していました。

それをしながら、下請けでは先がない、なんとか、自分で直接お客様とやりとりをして、商売をしていかなければいけないと、考えていました。

コミュニケーション能力を鍛えるためにワードプレス講師に

2015年頃、ちょっと、いろいろなことから逃げていた私は、女性起業家の世界で生きていこうとしていました。

当時、アメブロで、お茶会や自撮りや、というのが流行っていた時期なので、そこで活動していました。

しょっちゅうお茶会に行って、いろいろやっていました。

2010年代後半になると一気に景気が悪くなりますが、2015年頃って、普通の主婦が、アメブロカスタマイズに5万円、お茶会に毎月、数千円、というのが、出来ていた時代だったんですよね。余談ですが。

そこで、ワードプレスで自分でホームページを作っている人が多く、また、自分で作りたいと思っている人が多いことに気づきました。

なので、マンツーマンワードプレスレッスンの講師としての看板を出してみました。

ブログとストアカで集客して、200回ぐらいは講座を開講しました。

5時間5万円というプランも用意しており、それも結構売れました。

この時期に、私はSEOと集客についても覚えることが出来ました。

ただ、やっぱり、マンツーマンは大変なのと、ワードプレスもどんどん進化しているので追いかけるのが大変ということで、先がないと感じて、ワードプレス講師は終了しました。

なんとか、今ようやく、ホームページ制作の仕事で生活できている状況になってきました。

ということで、とあるフリーランスWebデザイナーの11年でした。

古川恵子。1981年福島県生まれ。東京都豊島区在住。 都内を拠点にフリーランスでホームページ制作を行っています。

ここ数年、情報発信のいろいろな活動をしてきており、そろそろフリーランスから法人にステップアップしたいという野望を持っています。

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